相生若狭野天満神社について

龍王神社のページ
    道真公の神牛
この神牛像の背中に乗って
お願いするとご利益がある
とされています。
     百度石
お百度参りされる(お百度
を踏む)方もおられます。
            絵馬堂
絵馬堂(拝殿)の天井には、赤穂浪士(四十七士)
や神功皇后馬上絵図など、民俗文化財として
重要な古い額絵馬が多数奉納されています。
  神符授与所
隣には古い神符を
入れる箱が置いて
あります。
     西播磨 花の郷
西播磨ツーリズム振興協議会に
「西播磨 花の郷」として認定されて
います。 → こちら
    手水舎
拝殿へ行く前に、
手水舎(てみずや)
で手を洗い、心ととも
に身を清めましょう。
  坂の上からの眺め
眼下に広がる若狭野平野。
   龍王神社(若宮)
勝負運、商売繁盛(金財運)
家運隆盛(子孫繁栄)を願う
神様として信仰参拝されて
います。

   狛犬
云(うん);吸気
を示している。
若狭野天満神社の本殿

相生若狭野天満神社(魔除け天神、あじさい神社)について

    狛犬
阿(あ);呼気を示し
ており、云の狛犬と
両者一体となって
邪気を入れないよう
に守護しています。
     おみくじ結びの木
引いたおみくじが大吉以外ならば、
次回の更なる幸運を待つ(=松)と
いう意味で、松の木に結ぶとよい
とされています。
    おみくじ結びの木
もちろん、松竹梅の縁起の良い
梅の木(天満神社の道真公の梅)
に結びつけてもよし。
御神殿
亀と干支の石像
   菅公一千年祭石碑
土台の石組みは「亀」を、碑は
その亀の背中に留まる「鶴」を
表している。
    バリアフリー参拝
拝殿までの参道がバリアフリー化
され、高齢化社会のニーズに対応
しています。境内左側の大鳥居か
ら段差無しで拝殿まで上れます。
(手すりも設置してあります)

   参道入口
この参道(坂)の上に
当神社があります。
相生若狭野天満神社は、今から約670年前(暦応四年:1341)
には現在の神社の前身が存在していたことが分かっている。
創建の詳細は不明であるが、少なくとも、中世以降、矢野荘一帯
の重要な地位を占めていた神社であることは確かである。
天満神社の本殿脇には龍王神社が鎮座し、海、水の神様
(龍王神・龍神)である少童命が祀られている。

魔除の干支のページ

  石の大鳥居
この鳥居の下を車で
通ることができます。
     御神威
菅原道真公と天忍穂耳命
の二神による高い御神威。
    大鳥居
鳥居は平成十六年
の改修工事において
参道の坂から境内
へ移築しました。
mymy虫
絵馬掛け
   版画家による版木の奉納
「東風吹かば
    にほひおこせよ梅の花
      あるじなしとて 春な忘れそ」
           ≪神社沿革≫
創立年月日不詳にして、往古、山城の国北野天満宮の
分霊を勧請して、相殿に天忍穂耳命を併祀せり。慶応四年
(一八六七年)に本殿を再建し、明治一二年(一八七九年)
卿社に列せられた。古来霊験多く、領主の崇敬篤く、一般
庶民の尊信深く、旧幕時代には矢野庄十八カ村産土神
(うぶすなかみ)として崇敬し来れり。 而して往古赤松以下
付近領主の崇敬甚だ篤し。
                       兵庫県神社誌より
拝殿前
   車の祓い所
境内にある車の祓い所。
車祓いの際、この場所
に駐車してください。

            ≪神社の歴史≫
境内にある鳥居は、享保十七年(一七三二年)に奉納されたものである。
これまで参道に設置されていたが、平成十六年(二〇〇四年)の改修
工事に伴い境内に移築され、さらに後世に遺すこととなった。
龍王神社の灯篭は明和三年(一七六六年)、本殿中垣の灯篭は元文
三年(一七三六年)、拝殿の灯篭は寛政三年(一七九一年)に奉納され
その歴史を刻んできた。拝殿前の中庭には、明治三四年(一九〇一年)
に奉納された「菅公誕生一千年記念碑」が建っている。この碑の土台の
石組みは「亀」を表しており、その碑が亀の背中に留まる「鶴」に見立てら
れることから、「鶴亀の石組み」と言われている。
拝殿からの眺め:境内
手水の作法
龍の口